【書評と要約】幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない ラス・ハリス 感情や思考から距離を置き、価値ある行動を実践していくために

幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない 書評 要約

今回は「現在の感情に囚われずに、目の前のするべきことに集中すること」の学びを得られるラス・ハリス「幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない」をまとめ&レビューします。臨床心理学の専門的な内容の本ですが、理路淡々と整理されていて、これまで臨床心理学を学んだ事が無い人でも分かりやすい内容となっています。

原著タイトルは「The Happiness Trap(幸福の罠)」。これは私たちが幸福を追い求めようとする姿勢が不幸をもたらしてしまう、という矛盾を指摘したものです。なぜ幸福を追い求めてはいけないのでしょうか?

私たちは不幸になりやすいように進化してきた

大古の人類は多くの外敵や危険にさらされていました。その過程でちょっとした敵の気配に敏感に注意を払える心配性の個体が生き残るようになりました。現代は外敵による命の危険にさらされる機会は殆ど無くなりましたが、本能に植え込まれた心配性・不安症の遺伝子はまだ残っています。

こうした進化心理学の視点は「最高の体調」にも記述されています。不安症、心配性の個体が生き残ったからこそ今の私たちがある。そういう視点で見ると今の私たちがネガティブな感情に注意が向きやすいのは自然なことかもしれません。

幸福の罠

ここで、なぜ幸福な状態を目指すことがいけないのか?本書のメインテーマである幸福の罠について見ていきます。

私たちの多くが幸福な状態が標準であると思い込んでいます。幸福ではない事=異常な事と思い込み、今が幸福な状態では無いのは自分に欠陥があるからだと思ってしまいます。特に現代ではマスメディアやインターネットの発達で自分よりも上手くいった人、成功している人が目につきやすい環境です。理想的な幸福像は高まるばかりで他者との比較をしやすい現代では、多くの人がありのままの現実に対して満ち足りない感情を抱いてしまうと言えるでしょう。

こうした満ち足りない感覚はネガティブな感情をもたらします。しかし多くの人がそのネガティブな感情に囚われ、何とかしよう、どうにかしようともがき苦しんでいます。感情は回避しよう、否定しようとすればするほどより強く再生されるので悪循環に陥ります。

本書では生まれてくる感情はコントロール出来ないが行動はコントロール出来るとして、いかに感情に囚われず、目の前にするべき価値のある行動をするかについてACT(アクト)という心理療法の手法を紹介しています。

本書の言うACT心理療法とは

本書で提唱されている心理療法ACT(アクト)とはアクセプタンス&コミットメントセラピー(Acceptance and commitment therapy)の事で、思考と感情を受容し、自分の価値に繋がる効果的な行動を起こしていくことを目的としています。ACTは以下の原則を持ちます。

1.脱フュージョン
フュージョンとは自分が考え感じたことは絶対的な真実であり、注意すべきだという人が持つ傾向のこと。つまり思考と感情に注意が囚われてしまった状態です。脱フュージョンとは、自分の思考をいったん脇に置いて距離を置くことです。自分の思考を絶対的な真実としないで、ただ流れてくる言葉の破片と考えて距離を置くこと。そして、よりよい思考をみにつけることが重要です。要は自分の思考との付き合い方、態度を変えることです。

2.拡張
不快な感情や思考を受け入れる心のスペースを作ることです。感情を排除しようと門前払いにするのではなく、感情をありのままに受け入れることです。そうすることで感情は暴れ出すことなく静まっていきます。不安が来たなんとかしようではなく、あっ今自分は不安を感じているな、と頭の片隅に不安という存在を受容しながら今目の前の事に注意を向けます。

3.接続
今この瞬間の目の前の事に繋がっている感覚のことです。注意を思考に向けるのでは無く、目の前のしていることや身体感覚に向けます。

4.観察
自分の内面を観察する能力のことです。今の自分は何をしているのか、何を考えているのか、何に注意を向けているのかに気づく力です。

5.価値の確認
自分が何を大切にするか?の価値観のことで、これを元に価値ある行動を決めていきます。

6.目標に向かっての行動を起こすこと。
人生の目標に向かっての行動を起こすことです。意味ある人生は価値をもたらす行動から作られます。

まとめると、感情をコントロールしようとするのでは無く一旦受け入れて脇に置き、価値を生み出す行動を踏み出していくことがACTです。今ある不安や心配は当たり前の感情であることを認め、ネガティブな感情は人が持つ自然な状態であること前提に行動を起こしていきます。ネガティブな感情に囚われて行動をしなかったり、自己破壊的な行動をするのではなく、感情や思考は脇に置いて自分の価値ある目標に向かう生産的な行動を実行していきます。

マインドフルネスとACT

マインドフルネスとは気づき(awareness)心を開いた状態(openness)集中した状態(focus)のことで、瞑想や太極拳など東洋で発達してきたものを西洋の手法で捉え直したものです。ACTはマインドフルネスをより身近に実践できる方法です。

これらのことを実践していく目的は、心理的柔軟性を高めることにあります。心理的柔軟性を高める事で人生に起こる様々な困難をしなやかに乗り越え、ネガティブな感情に囚われること無く、前に進んでいくための生産的な行動が出来るようになります。

脱フュージョンが最も重要。思考と感覚を切り分ける。

ACTでもっとも重視されるのは脱フュージョンです。思考と感情を切り分け、自分の思考に囚われるのをやめて、距離を置くこと。今考えていることがその人にとって真実だろうとなかろうと、行動の前ではどうでも良いわけです。行動することが大事。思考を真実だと思い込んで大事に捉えないこと。嫌な感情や思考が思いついてもただの言葉の羅列でしかないと脇に置くこと。一つの考えに囚われてしまう強迫神経症(強迫性障害)の人は思考と距離を置く脱フュージョンがとても効果的でしょう。

アクセプタンスは我慢や諦めでは無く、現実を受け入れることで前に進むための行動をとる前向きなこと

アクセプタンス(受容)は我慢や諦めではなく、人生から差し出されたものを受け入れることです。自分の置かれた現実を受け入れれば受け入れるほど次にどうすれば良いのか具体的な道筋が見えてきます。自分が失ったものや機会、過去についてくよくよするのではなく、あるがままに受け入れる。まずは自分の人生に起こった全てを許して受け入れることで思考や後悔に費やしていたエネルギーを前に進むための動力源にしていきます。思考を追い払うのでは無く、思考を迎え入れ、居場所を作る。思考を居間の座布団に座らせてあとは勝手に帰ってくるのを眺めるだけで良いのです。

思考する自己と観察する自己

人は常に何かを考えていますが、思考は釣り針のようなものです。釣り針に引っかかって思考に囚われたなら、その引っかかった状態に気づく力観察する自己です。自分の注意を思考という釣り針から外すことで心的柔軟性を高める事が出来ます。自分が今何に注意を向けているのか客観視する力、メタ認知的に今の自分を感情や判断を交えずに眺められる力です。

今に繋がる感覚を作るために。身体感覚に注目する。

私たちは常に考え事で注意を持って行かれています目の前の事に集中せず、これまでの事、これからするべき事を絶えず考えています。更にその思考に対して感情や価値判断をしているのですから尚更今がおろそかになっています。思考する自己はタイムトラベラーで、過去や未来のことばかりに注意を誘導し、目の前の事に集中できない状態を作ります。

注意を思考から離すためには身体感覚に注意を向けるのが効果的です。足が地面に接している時の感覚、肩の状態、姿勢などに注意を向けます。嫌な感覚(しこりや緊張)を見つけたら、それを無くそうとするのではなくただ観察します。ありのままの状態をただ見ること。現在に注意をつなぎ、現在に注意を誘導します。

まとめとレビュー

本書のエッセンスをまとめると、「今の自分や感情を受け入れ、思考を脇に置いて、自分が今できる事に集中し実行していくことが何よりも大切」になります。ACT(アクト)はこれを達成するための手段やヒントを提供してくれます。

幸福を追いかける姿勢は不幸を導くとする本書の主張は、豊かな時代に生まれた現代人が陥りがちな、色々満ち足りているはずなのに何となく漠然とした不幸感に対しての一つの答えを提示していると思います。幸福になりたいと強く思う人ほど今ある自分を受け入れずに否定感情に囚われてしまう。ネガティブな感情はもがけばもがくほど沈んでいく蟻地獄のようにぐるぐる思考を生み、実際に人生を変えるための行動をするエネルギーを奪ってしまいます。

日本にも「あるがまま、為すがまま」を唱える森田療法と言われる心理療法がありますが、ACTはこのアプローチをより実践的に論理的に説明したような感じです。本書では森田療法については触れては居ませんが類似点はとても多く、「今ある感情を受け入れ、目の前のするべき事に集中する」という行動重視の姿勢は考えすぎて悩んで行動を起こせない人にとって大きな助けとなるでしょう。

■日本語版

■原著

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参考・出典

ACTと森田療法の比較研究
神経症を治す~神経症(不安障害)の治療方法
アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Wikipedia)