「火の鳥」手塚治虫(著)を全巻読んだ感想とまとめ

「火の鳥」手塚治虫(著)を全巻読んだ感想とまとめ

手塚治虫の代表作「火の鳥」を今更ながら全巻読みました。私が小学生の頃学校にあったのですが、当時は「ブラックジャック」の方をハマって読んでおり、火の鳥はどうせ日本神話と不老不死の火山の鳥の話だろうと思って今に至るまで全く読んでいませんでした。大人になって読んでみると、人間の悪いところや醜い所を描きつつも、なぜ人は生きるのか、生きる目的はなんなのか?についての深い哲学的なテーマを扱っている名作でした。

火の鳥とは?

火の鳥」は不死の力を持つ不死鳥をテーマにした手塚治虫のSF作品です(発表期間1954年-1986年)。複数の雑誌に掲載され、それぞれオムニバス形式で黎明編、未来編、ヤマト編、宇宙編、鳳凰編、復活編、羽衣編、望郷編、乱世編、生命編、異形編、太陽編と完結形式でどこからでも読むことができます。古代から宇宙にかけて人類と火の鳥を巡るエピソードは実は相互につながっており、あのエピソードで登場した人物が別のエピソードで登場したり、実は未来だと思っていた話が最初の話だったのではないか、と考えさせられる仕掛けがとてもユニークで面白いです。私はAmazonKindleで全巻電子書籍版を購入し、iPadで読みました。

著者の手塚治虫のライフワーク的作品として位置付けられていて、手塚本人が死亡した瞬間に作品が完結するという構想で描かれていたといいます。

火の鳥は宇宙の生命エネルギーの集合体として描かれており、火の鳥の生き血を飲むことで人に不死の力をもたらすと言われています。それを巡る人間のドラマが描かれるのですが、その過程で人間の本質や醜さ、美しさ、生きることとは何なのかについて読者に問いかけてきます。

宗教による対立やロボットと意識についての話、クローン技術や自然破壊についての話、ミクロな世界の素粒子や意識生命体といった哲学的なテーマも扱われており、ただの日本の歴史と火の鳥を巡る争いの話を描いているだけだと思い込んでいた私としては、50年以上も前にこうした作品が描かれていることに驚きました。

黎明編の感想

黎明編
・黎明編は太古の日本が舞台。火の鳥は火山に住んでいる不死をもたらす伝説の鳥として登場。妖術で国を治めるヒミコのヤマタイ国と火の鳥が住む火山の麓のクマソ国の物語。
・ヤマタイ国では女王ヒミコが不死の力を求めて必死に火の鳥を探し求めている描写がとてもリアルで生々しい。権力者ほど不死を求めるのは人類共通の欲望
・弓の名手が強くかっこいい。やるべき仕事はきちっとやり遂げる。火の鳥を巡る驚きの展開。
・主人公があれほど憎んだ敵を許し、家族のような付き合いになるまでの描写がとても感動的。「許す事」これが人間の良さなのかもしれない。
・戦争描写は残酷で残忍。どれほど活躍しようと、感情移入しようと死ぬのは一瞬。
・一族の滅亡、首謀者の逃亡、そして罪滅ぼしに一族の再興を絶望の中から見出していく過程。全てを失い、裸一貫になっていても、生きてさえいればチャンスはある
・ここで登場する人物の猿田の一族(子孫)と彼の特徴的な鼻の形は「火の鳥」全編を通して主要な人物として描かれる。手塚治虫は鼻にコンプレックスでもあったのか?と感じるほど。
・化粧は男を魅了するだけ以外にも、自分本来の美しさを隠し、男を欺くために使うという発想の転換が面白い。

未来編の感想

未来編

・「火の鳥」全体を通して最も印象的なエピソード。
・黎明編と打って変わって遠い未来の話でSFテイスト。人類は地下に住むようになって、地上は嵐吹き荒れる荒廃した土地に。
・科学が究極まで発展した後の衰退期の人類を描いている。文明が進歩しすぎた結果として過去の歴史や古い文明の文化がもてはやされるようになった描写が印象的。
人工知能AIに依存しっぱなしの人類が自分の頭で判断を下さない事による悲劇が痛烈。人間らしさや感情が否定される世界(究極に合理的な世界)で機械に翻弄される人間の愚かさが描写されている。
・放射能と核戦争の恐怖と人間の愚かさ。
・永遠に死ねない、ただ長く生きることへの苦しみ。生き物を見届ける監視者としての役割、ゼロから生命が生み出されることの奇跡など読んでいて畏怖の感情を覚えた。
・旧約聖書にある天地創造がモチーフになっている所も。新たな世界の進化の段階でナメクジが人類に取って代わって進化していったのが何とも言えない皮肉さ
意識生命体についての描写が印象深い。人類が生命の神秘に迫ろうとするも、結局生命自体を作ることは不可能。生命として存在している事の不思議さが学べる。次元を超えた意識存在への畏怖の気持ちがかき立てられる。(このあたりはプレイステーションの名作ゼノギアスも似たようなテーマを扱っている。)
・長く生き続ける事が幸せかというとそうではない。孤独は辛い。不死になって永遠の生命を得るとしてもそれは本人にとっては拷問なのかも知れない。
・人類以外の者との禁断の恋愛もテーマ。SFチックな内容だけど扱っている内容はとても深い。

ヤマト編の感想

ヤマト編

・元ネタは「日本書紀」、「古事記」、古墳開発に関わる殉死と埴輪。人を統べる器のない者が権力を持つことと殉死習慣を痛烈に皮肉っている。
・火の鳥を力で抑えるのでは無く、音楽の力で従わせようとする発想の転換が面白い。
・ダメなヤマト国の領主の息子である主人公は地方にあるクマソ国の首領の暗殺を命じられるが、クマソ国の首領が非常に人格者で主人公は殺すのをためらう。自分に課せられた使命と感情の葛藤が描かれている。
・しかしながら、どうやって主人公の父親はあれほどまでの権力と地位を手に入れたのだろう?
・手塚治虫漫画は人格者や主人公(ヒーロー、ヒロインキャラ)を美形に描くので、一目見ただけでこのキャラはタダでは死なないだろうな、と分かる。
・悲劇的な最後だが、「火の鳥」の持つ生き血の力と殉死廃止というテーマを上手にまとめていると思う。

宇宙編の感想

宇宙編
©TEZUKA PRODUCTIONS

・宇宙をさまよい、地球にたどり着く事を目指す宇宙船乗組員達の物語。サスペンス調で物語が展開される。
・一人の乗組員の謎の死を巡って、乗組員達の会話から彼の謎を紐解いていく。
・脱出ポッドの中で一人、二人とちりぢりになっていく中で漂着した惑星で待ち受ける運命。
人間の身勝手さと愚かさ、火の鳥の残酷性がよく分かるエピソード。
・感想としては問題の火種となっているのは男女関係。せめて女性と男性比率を同等にすれば良かったのに…。

鳳凰編の感想

鳳凰編
・奈良時代を背景に、障害を持って生まれた一人の男(我王)が改心していく話とその我王に襲われ片腕に障害を負った仏師の茜丸の二人の物語。
・印象的なのは、極悪非道で殺人と悪事の限りを尽くした我王が徐々に改心していく所。
・そしてもう一方の仏師茜丸は利き手の機能を失い絶望するも、修行を重ねて徐々に立ち直っていく。しかし立身出世を究めるうちに心境も徐々に変化していく。
・出世する事で大切な“なにか”を失った茜丸と、生まれを呪い悪の限りを尽くした我王が徐々に人として生きる道を見いだしていく二人の対比が素晴らしいエピソード。
・テーマとしては輪廻転生が背景にあり、人として生きる道はなんなのか、生きているうちに人として何をしたらよいのかについてのヒントが描かれている。

復活編の感想

復活編
・技術が発達した遠い未来、エアカー(空飛ぶ車)から転落事故で死亡した一人の青年の物語。
・彼は人間の再生医療で復活するが、その後遺症としてサイボーグとなり、人間が無機物に見え、ロボットが人間に見えてしまう。
・ロボットと人間の違いは何か、ロボットと意識について考えさせられる内容。意識を持つこと、感情を持つことは生命を持つことなのかもしれない。
・後半にロボットが人間に抗議の意で自殺する場面がある。そこに至る経緯を含めて非常に考えさせられた。
・火の鳥を巡る争い、遺産相続にまつわる人の醜さや人とロボットを分ける基準、駆け落ちの末に待ち受ける悲劇など鬱屈とした展開が続くが、人とは何かを意識するきっかけとなる作品。

羽衣編の感想

羽衣編
©TEZUKA PRODUCTIONS

・観劇のような形で物語が進行していく。
・未来から来た一人の女性が、歴史を改ざんしないために自分の衣服(羽衣)を隠そうと奮闘するが…。
・女性は現地の男性を夫に持つが、戦争に翻弄されすれ違う二人の運命が悲しい。

望郷編の感想

望郷編
・未来の地球、駆け落ちした男女が未開惑星に引越しをするも、そこは地震が常に続く人が住めない土地であった。
・地震による事故で連れ添いの男が死んでしまい、残された女性は自分の生んだ子供と結びつくことで人を増やしていく。唯一の女性としてコールドスリープを繰り返して近親婚をして生き抜いていくが、男しか生まれず過酷な人生を送る。
・男しか生まれないのは近親婚という自然の流れに逆らっているから。
・火の鳥は彼女の子孫である子供たちに人と結びつくことができる宇宙人と引き合わせ、彼らと交配させ人数を増やしていく。
・その結果としてその惑星は人が住む土地となり、女性は神として崇められ発展していくが、女性は遠い昔に住んでいた地球が忘れられない。
・その地球への思いを断ち切るために、その惑星の一人の子供と共に地球に向かう。
・様々な惑星が登場し、女性の運命も悲劇的なもの。牧村という地球人が遭難してくるが、彼は宇宙編のキーパーソンでもある。
・誰かのために強く願う心を原動力に宇宙を旅するが、その果てに待つ結末が…。
・望郷編一つを切り抜いても長編漫画が描けそうなストーリー構成の見事さ。
・彼女が旅立った後の惑星に起こる悲劇的な顛末も人間の醜さ、金儲け第一主義が星を破壊するという暗喩かもしれない。

乱世編の感想

乱世編
・平安時代末期を舞台に平家物語をモチーフにした人々のすれ違いの運命が描かれる。
・田舎者の木こりの弁太とその恋人の絶世の美女おぶうが主人公。
・弁太とおぶうは離れ離れになり、外見の良いおぶうは時の権力者平清盛に気に入られ、寵愛されるようになる。美人はなにかと得をする。
・一代で繁栄を築いた平清盛は、自分の死が近いことを悟り、一族のために不死の力を持つ火の鳥を血なまこになって求める。
・弁太のほうはおぶうを取り戻すために懸命に努力をするが、運命はすれ違い、時が経つにつれて二人は別々の運命を背負うようになる。
・「人生万事塞翁が馬」のようなところもあるけれど、やはり権力闘争に明け暮れる人間の虚しさを皮肉っているとも言える内容。
・物語の後半、一人の侍がそれとは知らぬ自分の息子に刺し殺される場面が悲しすぎる。
・友達同士であっても、時間の経過で人が変わっていく。何が人を変えさせるのか、やはり権力を前にして人は大切なものが見えなくなってしまうのかもしれない。
・怪力の主人公弁太が自分の感情に任せて敵を薙ぎ払う場面は滑稽だけと頼もしい。
・物語の展開は勢いもあって濃いのだが、結末は非情といえるほどあっさりしており、どこか虚しさを感じさせる。これが諸行無常か…。

生命編の感想

生命編
・近未来、刺激に飢えた人々を喜ばせるためのエンターテイメントを提供するべく、視聴率をもぎ取るために活躍するTVプロデューサーが主人公。
・クローン人間を用いた殺戮ショーを企画するが、自分がクローン人間になってしまう。
クローン技術を痛烈に非難した内容であり、生命の尊厳について考えさせられる内容。
・主人公は自分の企画した番組内で一般市民に殺される運命を背負う。街中を逃げる中で少女と出会い、彼女と自然が残る奥地へ逃避行をする。
・大自然の暮らしの中でかつての自分がいかに愚かだったかを痛烈に反省した主人公は自分が何をするべきかを見出し、責任を取るべく行動を起こす。
・元はと言えば自業自得とはいえ、あまりに残酷で悲しい物語。結末はどこか美しい。

異形編の感想

異形編
©TEZUKA PRODUCTIONS

・時間の輪廻に囚われた女性の悲劇を描いている。
・女として生まれたが、横暴な父親に男として育てられた一人の女性が主人公。
・彼女は父を憎み、死の淵にある父の病を救うという一人の尼を殺害しに寺に向かう。
・しかしその尼は何もかも分かったかのように死の運命を受け入れる。
・非常に衝撃的な展開であり、ぜひご自身で読んでもらいたい結末が待っている。これほど衝撃を受ける内容だからこそ、「火の鳥」は後世のクリエイターに多くの影響を与えるのだと感じた。あまりにひどく、酷い仕打ちを火の鳥はけしかけるものだ…。
・異形編はプレイステーションの伝説のRPG、アスキーのプレミアソフト「moon」のボツエピソードの元ネタとなっている。(参考:Youtube動画*ネタバレ注意!)

太陽編の感想

太陽編

・他のエピソードよりもファンタジー色が強い内容。神通力での超常現象など他の編では火の鳥しか起こせないような奇跡や人外の存在が物語の展開に絡んでくる。
・土着の宗教と外来の宗教などの宗教対立がテーマで、排他的な宗教と権力が結びついた時に起こる悲劇が二つの時代を行き来しながら展開されていく。最後にはこの二つの時代が上手に決着がつくので、強いカタルシスが味わえる。
・メインの舞台は過去の日本だけれど、未来の日本も舞台となっている。主人公は敵国に敗れた亡国の王子で、頭部の皮を剥がされ獣の皮を被せられた青年。獣の皮と一体となって狼人間のようになっている。未来では火の鳥を信奉する光の教団打倒を目指す地下組織のメンバーとして活躍する。何か大きな怪我や昏睡状態に移った時に過去と未来を行き来して漫画は進んでいく。
・誰かが手塚治虫はケモナーと言っていたが、火の鳥を読んでいるとそれも分かる気がする(火の鳥は人間よりも色っぽく、魅惑的に描かれている)。
・主人公の持つ誠実さ、優しさと人を助ける心意気が素晴らしいし、それが人民の心を打つのもすごく分かる。
・まじないおばばと主人公との関係性や、死ぬ間際の人間を助けた事による恩返し、土着の宗教との関わり方を見ているとギブアンドテイクというか、人に良いことをすれば巡り巡って恩が返ってくるのだと思う。

全巻読み終わった感想:一度は読むべき名作

人はなぜ生まれ、なぜ生きるのか。自分は何を人生で成し遂げたいのかについての気づきが得られる名作です。大人になった今読んだからこそより一層心に響いた部分もあったと思います。火の鳥を読むと、自分が現世に生まれ、生を持っていることに対して畏怖の感情を抱くことがあります。どれほどの天文学的な確率で自分は生まれ、恵まれた時代に生きているのだろう…と。

もちろん、見方によっては「火の鳥」は相当残酷な仕打ちをしているとも言えます。火の鳥の仕打ちを見ると、手塚治虫はペシミストで人類に対してかなり悲観的だったのかな?と思います。人類は愚かで、どうしようもないほど救いようがなくて。だけど、生きること、生命への尊厳については本作は一貫して賛美している感じを受けます。

手塚治虫自身が医者免許があるため科学的な考察やSFに関しての内容は納得性が高いことはもちろんですが、裕福な家庭に生まれ物事に対しての教養が深いため、いろんな宗教や古典、歴史をモチーフにした話などが「火の鳥」作品全体に散りばめられており、いろいろな刺激を受けることができます。量子脳理論や意識について好きな人は絶対に好きになれると思います。

生きることや巡り合わせについて思いを寄せられる本作、人生で一度は読みたい作品です。