【アートブックレビュー】「ソッカの美術解剖学ノート」 入門書として最高の一冊。しかし、欠点も。


「ソッカの美術解剖学ノート」

イラストやアート、3DCG造形などを制作する人にとって、解剖学は基本となる必須の知識だ。その中で本書「ソッカの美術解剖学ノート」は非常にわかりやすく、進化の観点から解剖学を身近な知識として覚えこむのに最適な本となっている。税込で7000円を超える手が届きにくい本だが、その価値に見合う一冊だと思う。

特徴 解剖学が身近なものに思える一冊。美しく写実的なイラスト図版も素晴らしく、模写をする意欲も高まる。

画像引用元:「ソッカの美術解剖学ノート」©オーム社 2018

個人的に韓国(および諸外国、中国、台湾、シンガポール)のイラストレーターは現実の骨格に基づいた写実的なイラストを得意とされる人が多いと思う。本書タイトルのソッカとは韓国人イラストレータのソク・ジョンヒョンさんのペンネームで、彼の作品をみると本書のような写実的で解剖学的知識に基づいたイラスト(参考)が得意な人のようだ。

こうしたリアル系の作品は日本のデフォルメされた漫画、アニメ絵にしか触れていない人には馴染みがないかもしれないけれど、デフォルメをする過程にはリアルな解剖学的知識がベースとしてある。また、世界的にはリアル志向の作品には一定の需要があり、世界的なトライエース級のゲームタイトルはリアル志向が多く、リアルな絵を描くには解剖学の知識は欠かせないものとなる。

画像引用元:「ソッカの美術解剖学ノート」©オーム社 2018

男女はどこが違うのか?なぜその骨格や筋肉の特徴があるのか、の由来がわかる。

私はこれまで数多くの美術解剖学の本を漁ってきたけれど、ダントツで本書はわかりやすい。特筆すべきは進化論の観点からなぜ骨格や筋肉がその形状になるに至ったかを説明してくれること。骨盤はなぜこんな複雑な形をしているのか?なぜこの部分の骨が出っ張っているのか?なぜ関節が内側には曲がるのに、外側には曲がらないのか。生物がその形をとるのはその必要性があったからで、自然物に無駄な造形は何一つないことを認識させてくれる。

解剖学は退屈で暗記の側面も強いけれど、本書は造形の背後にあるバックグラウンドストーリーを語ってくれるからとても頭に入る。まさに初学者が入門書として読み込むのに最適な一冊となっている。

画像引用元:「ソッカの美術解剖学ノート」©オーム社 2018

どれもレベルが高く模写しがいのある図版ばかり

また、美術系の本は模写をしたくなる図が載っていることも重要だけど、本書はとても説得力のある模写しがいのある図版ばかりで、順を追って骨に筋肉をつけていく過程を踏むから初めて美術解剖学を学ぶ人にとてもやさしい。

本書の欠点 専門用語が多いのにルビがない。分厚いのに電子版が出ていない。

これほどまでに初学者に優しく、読み応えのある素晴らしい美術解剖学の本には出会ったことはないが、それでも欠点はある。

本書の最大の欠点、それは専門用語にルビ(ふりがな)が振っていないことである。

例えば
・前鋸筋
・下後鋸筋
・鼠径靭帯
・烏口突起
・上後腸骨棘
・正中仙骨稜
・大坐骨切痕
・寛骨臼
・上唇鼻翼挙筋
・脛骨
・踵骨
・載距突起
・趾骨

などなど、本書は漢字用語のオンパレードである。解剖学的知識がない初学者にとって、スラスラと上記の用語のが頭に浮かぶであろうか?

日本語の漢字は用語によって音を変える厄介な性質がある。初学者が新しい知識を頭に入れる時、特に漢字や用語の音がわからないのは非常に不便で、学習のモチベーションや効率が落ちてしまう。一応、漢字のパーツからヒントを得て読めないこともないが、果たして自分の読みが正しい読みなのか確認できないのでモヤモヤする。

解剖学は医学にも関連する専門的な分野で、馴染みのない漢字も多い。600ページを超える本書全体を通してわずかほんの数カ所しかルビがないのは大きな問題だと思う。本書はこの点非常に惜しくて、初学者は自分の読みが正しいのかネットや漢字変換が可能かきちんと音を確認しつつ慎重に進めていく必要がある。

また、個人的に大きい欠点だと思うのが本書の電子版が2020年10月現在いまだに発売されていないことだ。本書はとにかく分厚く、重い。持ち運びにも不便だし、模写をしようと本を開くのにも重しがいる。

本書はとても分厚く、持ち運びにとても不便。

日本語出版元のオーム社は良い本を数多く出しているのだけれど、とにかく電子化対応が遅いと感じる(本書に限らず昔お世話になった「マンガでわかる統計学」とか最近出たこれまた名著の「キム・ラッキの人体ドローイング」なども電子化されていない)。個人的にはこうした知識はいつでもどこでも手軽にリファレンスとして参照できるのが肝だと思っていて、電子化されていないだけで買う気が失せてしまう。旅行先や通勤通学の隙間時間に軽く見直すことは本書の重みを考慮するととても難しい。

正直、ルビと電子版が用意されていないのは出版社の怠慢だと強く思う。今の時代、電子化対応は必須。特にこんな分厚い本は紙だと場所も取るし読むにも使うにも無駄が多いと感じる(オーム社もいつまでたっても電子化対応する気がないなら海外の名著の出版権を取らないで欲しいとまで思うほど)。

本書の活用法 適宜音読したり、自分の体の部位を触って用語を確認。最後はひたすら考えながら模写して知識を体に染み込ませる。

上記の欠点も考慮して、本書を効率的かつ有効に使うために私が取り組んだのはとにかく音読をしていったことだ。

とにかく音読で用語を体に馴染ませる、読みに確信がない場合はネットで検索してみて正しい読みを確認する工程を繰り返した。そうすることで頻繁に出てくる筋肉や骨の部位を音から体に覚え込ませることができた。

用語が馴染んできたら、今度は自分の体を観察して、この膨らみはどの用語で説明されていた部位なのかを考察してみるのもおすすめ。個人的に手首に大量に詰まった骨はかなり気持ち悪いと思ったけれど、その時に感じた自分の感情も含めて解剖学が自分に馴染んできた証だと思っている。

画像引用元:「ソッカの美術解剖学ノート」©オーム社 2018

絵描き歌のように手順を追って骨に筋肉を盛り付ける課題はとても有意義だった。

最後は構造を考えながら模写を繰り返して見なくても描ける、粘土で再現できるぐらい体で覚えていけるとベストだと思う。