【石膏物語】ミロのヴィーナス胸像 瞬間を捉えた人間らしい造形の秘密とは

【石膏物語】ミロのヴィーナス胸像 瞬間を捉えた人間らしい造形の秘密とは
今回はヴィーナスの石膏像からミロのヴィーナスをテーマに造形の特徴や調べた点についてまとめます。

ミロのヴィーナスとは?神話をたどる

ルーブル美術館のミロのヴィーナス Livioandronico2013 CC 表示継承4.0
ルーブル美術館のミロのヴィーナス 画像出典:Wikipedia Livioandronico2013 CC 表示継承4.0

教科書には必ず載っているだろうこの作品。発掘された女性像は、兜を被っていたりするなどよほど特徴(属性)付けがされていない場合ヴィーナスと名前を付けられ、この像の元はミロ(ミロス)島で発掘されたためミロのヴィーナスと名付けられています。

ギリシャ神話としては美の女神ヴィーナスであり、正式な夫は鍛冶の神ヘパイトスでした。しかし、ヘパイトスは神の中でも最も醜い外見として知られ、ヘパイトスに結婚させられたヴィーナスは戦いの神マルスを愛人とし、浮気をします。

後のローマ時代になると、ヴィーナスは名誉や栄誉の神として、戦いの神マルスと結び付けられることで戦争と美がペアにされて語られるようになります。美術作品の中ではマルスの恋人がヴィーナスとして描かれ、ヘパイトスはヴィーナスに捨てられたと言います・・・。

ヴィーナス像の造形的な特徴 顔の左右不均衡、回転の動きと時間の表現は人間らしさの表現に

間近でよく見ると鼻が少し歪んでいる。

このヴィーナス像の造形的な特徴は人間らしい造形と、左右不均衡や軸の回転からまるで動いている瞬間を造形している点にあります。

よく見ると全体が緩やかな回転の中にある事が分かります。この作品はプラクシテレスより後の作品ですが、この像を見ると彼の基本軸を回転させる技術が基礎的な技術となり後の時代に受け継がれていることが分かります。

例えば顔は左右不均衡です。こちらから見て左の鼻が上にひん曲がっているため、左から見るのと右で見るのはだいぶ印象が異なります。左から見ると鼻が高くなっているので鼻の下が長くなり、年上のおばさんっぽくなります。しかし、右から見ると鼻がすらっと伸びて鼻と顎の間隔が短くなり若い女性に見えます。

左から見ると年上に見える
右から見ると若く見える。見る人の角度によって表情を変える像。

こうした左右非対称の造形は、見る角度によって動きが生じてくる立体作品ならではの効果を出しています。ミロのヴィーナスは極めて人間的な表現がされた人間化された女神として造形されています。こうした見る人にとって時間の流れを感じさせるような造形は時間の中にたたずむ実際の人間を表現してこようとしたものです。

■黄金比で説明するのはちょっと違う?
一部の研究者はミロのヴィーナス像を古典時代のカノンとして黄金比で分析しようとしていますが、実際は見ていただけば分かるとおり、顔が左右非対称であり、体の軸も回転の動きが加えられているため黄金比に当てはめて二次元的、静的に分析するのは少し違うと言えるでしょう。

この像の由来を考えると、見つかったのが1820年ごろで、騒がれ始めたのが近代に入ってから。当時は古代ギリシャの本当の姿が発見されたということで、この像の中に完璧な構成美を求め、研究者達が確証バイアスのように黄金比でこの像の完璧な美しさを解説しています。昔の学者の学説が今でも尾を引いており、昔の参考文献ほど黄金比で当てはめて説明し、挙げ句の果てにはこの像は人間らしい表現を持つものではないという解説も。でも、こうした回転の動きと時間の表現はロダン作品にも応用されており、上半身と下半身の時間差を利用した表現は人間らしさを表現するものではないでしょうか。

人間らしい造形表現に至ったギリシャ彫刻のルーツを考えてみる。

なぜ古代ギリシャで人間らしい造形が作られるに至ったのでしょうか?

まず、ギリシャ彫刻が始まった紀元前6世紀頃には左右対称の造形がメインでした。これはエジプトの影響があり、エジプトは未来永劫、永遠を是として硬い石に造形をしたのに影響を受けたからです。

しかし、ギリシャで発掘された壺絵から、徐々にギリシャでは粘土での造形が作られていったことが分かります。焼き物という粘土の造形文化がブロンズ像につながり、大理石の造形に繋がります。

そしてプラクシテレスはコントラポストという左右非対称の造形を大理石に刻み、作品として残します。これは、どの角度からみても、作品の持つ生き生きとした表情が伝わってくる効果がありました。

象徴的(シンボル)な表現から、自然主義的な表現に古代ギリシャの造形は移っていきました。生き生きとした触覚的な造形、重さ、堅さや柔らかさが表現できる、まるで生きた感じ、対象の息づかいを伝える技術に進化していきます。プラクシテレスの生み出した体の微妙な回転=コントラポストが時代とともに匠(美術伝統の技)になっていきます。

それが時代と共に、左右非対称や重心の問題よりも、表現の問題になっていきました。一瞬の表現ではなく、継続的な運動の表現が作品に現れてきます。ラオコーンのような激しい感情とか、運動を表現するために運動する時間を閉じ込めたオリンピアの像などがそれで、制止した瞬間を捉えるのでは無く、動いている瞬間を捉えようとしました。

プラクシテレスはコントラポストを最高に究め、重心を変えることで回転の要素を造形に加えました。プラクシテレスは徹底的に神々の像のみを造っていたので、感情的な表現は抑えられ、表情が静かな作品が多いです(参考→ヘルメス胸像アリアス胸像)。

次第に神々以外のニンフと呼ばれる妖精が描かれるようになり、ギリシャ悲劇が神話に組み込まれて、登場人物達が主人公として描かれるようになりました。今までは神々の像しか作られなかったのが、次第に人物達の像が作られるようになり、喜怒哀楽などの人間らしい表現が行われるようになりました。

紀元前5世紀頃の彫刻家ポリクレイトスや政治家のペリクレスらはアテネの黄金時代を築き、アテネの文化、哲学、登場人物達が神格化され、彫刻のモデルになりました。

そうした背景があって現れてきたのが、ミロのヴィーナスサモトラケのニケなどの作品です。地域的に見るとシーザーがローマ帝国を確立する頃で、経済的に生産力が上がった時期であり、たくさんの彫刻が作られました。ローマ彫刻の特徴として、ローマの皇帝などは皇帝の特徴がカリカチュア(漫画)的、個人的に描かれており、このミロのヴィーナス像も表現内容として、極めて人間化された女神像です。

この像の鼻の歪みなどの左右不均衡の表現はまさにギリシャの粘土彫刻の影響が見えますね。

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